写真関連のニュースと写真ギャラリー,そして文化人類学に関する記事を掲載しています。


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英語論文に使う表現文例集

迫村 純男 / ナツメ社



現在訳あって、毎日英文を書いています。習慣とは恐ろしいもので、稚拙でも毎日書き続けていると、少しづつ書く速度も、表現方法も向上してくるようです。
文章執筆の上で大いに参照させて頂いたのが、上記の本です。単なるフレーズ集ではなく、公的な英文の書き方、そして表現の意味などがとても詳細に、そしてわかり易く説明されていて、論文執筆だけでなく、読者に納得してもらえるような文章ならおよそどんな種類の英文にも必要な基礎知識が身につきます。英文を書く機会が多い人には、かならず役立つ本であると思います。
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by okphex | 2010-11-11 22:15 | 書籍

Philosophizeする。

現在僕が通っている大学院では、定期的に開催されるゼミで、院生同士が研究内容をそれぞれ発表していきます。
その発表に対する指導教官の指導内容は、いつも手厳しいのですが、大変的確なもので、”もっと研究の深化を目指そう”という意識を刺激されます。

今回集中して議題となったのは、”いかに良い問いを立てるか?”という研究上もっとも根本的な部分でした。それを先生は、”Philosophy(哲学)するのではなく、Philosophize(哲学的に思索する)せよ”と表現されていました。先生がアメリカの大学院に留学していた時に、常に指導教官から言われていた言葉だそうです。

研究を始めるに当たって、”私は何を明らかにしたいのか?”を突き詰めることがまず出発点となる。”私は何を知りたくて、それを知るためには何を調べる必要が会って、その結果どのようなことが明らかになるのか”という問いをくり返す。その過程で最初の問いはその後別の形に変化してもいっこうに構わない(むしろ思索と調査を深めることで、最初の前提が変化していくことは当たり前)。”良い問い”とは何か、を求める姿勢を忘れてはならない、というのが、先生の主張です。

「日本の論文は、”問い”ではなく、”説明”から始まる場合が多い。これでは疑問も反論も出ようがなく(なぜなら、説明している本人以上にその事案に詳しい人はその場にいるはずないから)、議論の深化が期待できず、退屈なものとなってしまう」とも指摘されていました。

僕の論述形式が、典型的な”説明病”にかかっているので、この指摘は耳に痛かったのですが、一つ思索の地平が拓けました!勉強って、面白いです。
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by okphex | 2010-05-28 23:46 | 人類学・人文科学

別の視点を持つ。

本日は恐怖(?)のゼミでの発表日。
いつも通り、これまで書きためていた資料と、それをまとめたレポートを発表。
幾つかの質疑応答の後に、指導教官からコメントが。

・ディテールは細かく描写できているし、分析の視点も面白いが、考察の結果、どのような結果が期待できるのかが分からない。

・一つの主題についての分析と考察に終始してしまうと、考察に広がりが出てこない。

・考察を広げるためには、「比較」の視点が重要。もう一つ別の、副次的な題材を提起して、主題と比較する。

・その上で、個別の主題を超えた、より普遍的な問題へと繋がる糸口を提起する。これで初めて、学術的な考察であると言える。

指摘は的確で、なるほどなー、と思うことばかりでした。一つのことに固執してしまって、周りの状況が見えなくなるのは僕の悪い癖ですね…。こうした指摘を頂けるのは本当にありがたいことなので、より有意義な考察のために、これからさらに鍛錬します!
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by okphex | 2010-04-30 23:52 | 人類学・人文科学

文章と写真。

大学の論文指導セミナーに出席しました。僕もそろそろ調査データをまとめて論文を一部でも書き進めていてしかるべきなのですが、法人設立などの慌ただしさで遅々として作業が進まず、今回はおとなしく先輩方の発表を聴講してました。

内容は、現在博士論文を執筆している院生が1人10分程度全体の構想を話して、指導教官が予め提出してあった論文の一部と発表内容を踏まえてコメントするというもの。

指導する教官側のコメントをまとめると、論文として一貫性のある文章とは、少なくとも以下の条件を満たしている必要があるそうです。
1.全ての章、節などの構成要素と、そこに使われている事例が、全体の主題へと、垂直的に繋がっていること。
2.それぞれの部分(章、節など)も、それぞれが有機的に結びつくという水平的な繋がりも持っていること。
3.全体像を説明してから、そのより詳細な内容を議論すること。
などでした。

面白いことに、これらは文章を使わない写真の取り方にもしっかり当てはまった原則でもあります。
例えば1.は、「何気ない日常での喜びを表す姿」や「被写体の人生の歩みを表している顔」などの主題を、プリント上に現れる写真の各要素が説明することが重要で、それ以外の要素が入ってしまうとごちゃごちゃしている、あるいは無駄が多いと鑑賞者に思われる可能性があります。
2.もまた構図の問題で、例えば「雨の降っている様子」を表現したい場合、まず「降雨状況を説明するために濡れた道路を大きく映し出す」ことが考えられます。→また、「傘を持っている人を画面に入れることで、雨の中でもファッションを重視している状況を示す」といったように、それぞれの要素が独特の意味合いを帯び合う作用を持たせることが視線の動きを、撮影者が意図したように創り出す為に重要です。
3.は、ズームレンズを使って最大倍率で撮影したした中でも、周囲の様子が分かるようにするために、背景の面積を大きく取り上げる、などが考えられます。

文章も写真も、人間の知恵の結晶ですね。
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by okphex | 2009-10-01 23:37 | News-そのほか