写真関連のニュースと写真ギャラリー,そして文化人類学に関する記事を掲載しています。


by okphex
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広島土砂災害の写真洗浄活動について、プロの写真家をはじめ多くの方より助力のお申し出をいただきました。
本当にありがとうございます。
ご協力に報いる意味でも、活動の現況を随時報告したいと思います。グループ単位でも同様の報告をする場合があるため、同じ文面を受け取る方もいるかも知れません。ご迷惑をお掛けしてすみません。
昨日までに、仕事でお世話になっている学校に、写真洗浄を申し出る書面と、洗浄のマニュアルを届けました。また、避難場所になっている緑井小学校にも出向き、スタッフの方に同様の書類を渡しました。
しかし、現場は行方不明者の捜索と生活再建が最優先課題で、なかなか被災した写真の取り扱いにまで行き着かない状況です。
災害が生じて日がないんだし、写真の保管に想いが及ぶようになるのは、もう少し状況が落ち着いてからだろう…、とも思います。しかし他方で、写真の救済もまた時間との勝負、という切実な事情もあります。
先日、写真洗浄の予行演習のために、練習用に用意した写真を庭に埋めてみました。取り出してみて驚きました。わずか二晩で泥をかぶった多くの部分が消失していました。高温多湿な現在の気候では、写真の表面のゼラチン質がバクテリアによって分解され、写真の劣化が急速に進行するようなのです。
一度消失してしまった画像は、洗浄しても回復は不可能です。できるだけ早く洗浄すれば、あるいは少なくとも泥を搔き落として乾燥させれば、写真の損失が少なくて済むはずです。
もし一冊でも一枚でも、持ち出しができた写真があれば、手遅れにならないうちに対処したい、という思いで、写真洗浄の呼びかけを行っています。
洗浄用機材の貸し出しを申し出て下さった皆様、ありがとうございます。本格的な作業開始はもう少し先になるかも知れませんが、必要になればすぐにお声をかけさせてもらいます。とりあえず心積もりのほど、よろしくお願いします。
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by okphex | 2014-08-28 00:01 | 広島土砂災害
写真の専門家ができる復興支援を、というわけで、富士フイルムさんの助力を頂いて、このたびの土砂災害で汚損した写真の、洗浄活動を計画しています。

ただ、写真の洗浄には専門家の指導と特別な機材が必要なので、残念ですが計画実行にはもう少し時間がかかりそうです。

富士フイルムさんのホームページには、被害を受けた写真、アルバムの対処方法を紹介したページがありますので、ひとまずそちらをご紹介します。
「被害を受けた写真・アルバムに関する対処法」
http://fujifilm.jp/support/fukkoshien/faq/index.html
対処法の中でも特に重要な点は次の三つです。
1. 夏場は特に写真表面のゼラチン質の腐敗が進みやすいので、できるだけ早く洗浄する。
2. 洗浄には、室温程度のきれいな水を使用する。水が確保できない場合は、とにかく乾燥させる。冷凍設備がある場合は、濡れたまま冷凍させる。
3. 濡れた写真は非常にもろいので、写真表面の泥・砂は、指の腹や筆などを利用して水中で優しく撫でるように擦る。
他にも注意点があるので、必ずページの説明を一読してから作業を始めて下さい。

もしみなさんの周囲に、土砂災害で写真が汚損して困っている方がいれば、ひとまず上記の方法を知らせて頂ければ幸いです。

準備が整い次第、本格的に作業を開始しようと思います。
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by okphex | 2014-08-25 00:01 | 広島土砂災害
8月20日の豪雨、土砂災害以来、多くの方から身を案じる連絡をいただきました。
ありがとうございます。
安佐南区の、被災地からほど近い場所に住んでいましたが、僕も家族も全員無事です。
ただし先祖が眠っていた緑井の墓苑はほぼ壊滅してしまいました。
もしかすると同じ緑井墓苑に墓をお持ちで、状況を知りたい方の目に留まるかも知れないと考えて、僕が見た墓苑の現状を書き記しておきます。
※※緑井墓苑の写真については、下記のアルバムに掲載しています。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.861888657156168.1073741826.100000051241629&type=1&l=7d5b174109
以下、かなり長文になりますので、手短に状況をお知りになりたい方は、アルバムと各写真の説明欄をご覧下さい。※※

土砂災害後、悪天候が続いていた広島でしたが、23日に一時的に晴れ間がのぞいたため、自宅から徒歩で墓苑の様子を見に行きました。普段墓参りの際に利用する道路は、土砂の堆積で車では通れない状態だと聞いたためです。

地元の方に安全な道を尋ねつつ、墓苑への道を登り始めましたが、麓からすでに道路が寸断されており、土石流が穿った巨大な溝を跳び越え、倒木を伝いながら何とか墓苑へ向かう、という有様でした。直線距離で100メートルほど先の墓苑から、この坂の下まで墓碑銘や墓石が流れ着いており、行く手の墓苑の惨状を暗示していました。
近くの神社の裏手にあった小道をつたってようやくの思いで墓苑を見下ろす高台に到達すると、眼前には土砂と倒木しかない空間が広がっていました。ここにかつて数百基の墓が連なった墓苑があったなど、誰にも信じられないでしょう。僅かに二、三十基の墓が、土砂に埋もれ、倒壊しつつも何とか踏みとどまっているのみです。
土石流の吹きだまりとなった場所には、大量の墓石が積み上げられていましたが、おそらく分厚い土砂の層に埋まっている墓石、遺骨の量を考えれば、表面に露出している墓石はほんの一部でしょう。

我が家の墓があったあたりの場所には、巨大な崩落の跡と、蛇行状の土石流跡が出現しており、周囲の景観を全く別のものに変えていました。もちろん墓の手がかりになるような、何の痕跡も残っていません。この「何もなさ」こそが、むしろ土石流の巨大な力を雄弁に物語っていました。
ちょうど墓苑の様子を調べに来られていた住職の話によると、周囲には少なくとも土砂が60センチ堆積し、その上に倒木が折り重なっているそうです。地面はブヨブヨとして心許なく、踏み抜くと一気に足を取られてしまいそうでした。そのため移動は倒木を踏みしだきながら慎重に歩を進める必要がありました。
今後は、まず重機で上部の障害物の撤去をし、その後少しずつ墓石や骨壺を掘り出していく作業を地道に続けていく必要があります。しかし未だに下の道路にすら重機が入れるような状況にはないため、発掘作業を始めるまでに何ヶ月かかるか予想がつきません。

ここを駆け下った土石流に巻き込まれて、何人もの方が亡くなりました。僕が仕事でお世話になっている方の中にも、まだ若いのに亡くなられた方がいます。墓石や遺骨が散逸してしまったことは大きな喪失感をもたらしましたが、亡くなられた方のことを思うと、悲しんではいられないような気持ちになります。
墓石と遺骨の探索と回収は、恐らく今後何年もかかるような、家族挙げての仕事となるでしょう。地道に作業をしつつ、少しでも周辺地域の復興に手をさしのべていきたいと思います。
広島土石流災害の一つの現状について記させて頂きました。長文失礼しました。
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by okphex | 2014-08-24 23:59 | 広島土砂災害
被災地での二次被害が懸念されるため、当面は広島県内からの参加が前提となるようですが、支援活動への参加を考えておられる人がいれば、ぜひ。
広島市社会福祉協議会
「安佐南区と安佐北区における被災者のニーズ収集とボランティアの募集・受付を行ないます」
http://shakyo-hiroshima.jp/n_detail.php?id=1048
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by okphex | 2014-08-23 23:56 | 広島土砂災害
本日は、1945年に広島に原爆が投下された日です。

例年同様、広島市中区の平和公園では祈念式典が開催されました。
僕も例年通り、8時15分の原爆投下時間は家事のため式典には参加できず、
その後、平和公園近くの母校の死没者慰霊祭に出席しました。

15年前から毎回参加していますが、こちらも例年通り、慰霊祭の進行も集う人は以前からあまり変化していません。被爆の参加から生き残った人々の語りも、ほぼ同じ内容です。

しかし生きている人の言葉だからこそ、僕は同じ話でも何度も拝聴する価値があると思っています。

亡くなった人がどのように考えているのか、いくら考えても決して知ることは出来ません。
我々が少しでも過去のことについて現在との繋がりを感じることができるのは、過去と現在を取り結ぶ人がいてこそです。
だからこそ、足を運べる限り足を運んで、個々の人々が一体「その時」何を見、どのようにその経験と向かい合ってきたのか、その言葉を何度でも聴くことは、本当に得難い経験だと思います。

恐らく多くのリベラルな思想家の希望的な観測どおり、核兵器の即時廃棄が実現することは、極めて現実味が薄いでしょう。しかし、被爆経験を「疑似体験」として記憶する人々が増え続けることは、急激ではなくても少しずつ世の中の方向性を変えていく一石になると考えます。
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by okphex | 2010-08-06 23:46 | News-そのほか

家族の記憶。

昨日は、久しぶりに3年前まで住んでいた、広島市の東雲という地域を訪れました。
ここは僕が生まれ育ったところで、まさに故郷の「原風景」とも言える場所です。

広島市は、ご存じの通り1945年の原爆投下により大部分が壊滅しましたが、東雲とその西の段原地域は、比治山という小さな山に爆風と放射線が遮られて、町並みの殆どが残存しました。僕が幼少の頃も、戦中の区画がそのまま残っていて、車が通るには狭すぎる車道を縫って、友達の家や空き地に遊びに行ったものです。

数年前から始まった再開発工事によって、それまで残っていた旧家や街路の大部分はその姿を消しました。久しぶりに訪れた東雲は建物よりも更地が目立ち、こんなに空が広かったのか、と驚いたほどでした。
区画整備から外れた地区には、僕の親戚が住んでいて、本日はその親戚を訪ねていったのでした。

以前はよく我が家までおかずを持ってきてくれたおばさんもすっかり白髪となり、足腰が弱って椅子に座ったままでした。別のおばさんは、今も残る柿の木に、僕がよく登って遊んでいたものだ、と懐かしそうに話していました。

兄弟の殆どを戦争でなくした祖父が、中国から復員してこの地に居を構えて以来、僕の家族は長い時間を過ごしてきました。その家も今は取り壊されて、コンビニの駐車場になっています。

わずか車三台分のスペースしかない家の跡地を見て、多くの想いでのある我が家はこんなに狭かったのか、と改めて驚きました。懐かしい柿の木が、僕が住んでいた場所の確かな証として、今もそこに佇んでいました。
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by okphex | 2010-02-14 23:16 | News-そのほか
昨日ご紹介した「HIROSHIMA Photo-1 GRANDPRIX」というイベントですが、主催者の方から、イベントのプログラムについての追加情報を頂きました。

イベント当日の内容
・第1部・語るフォトコン
・第2部・写真家&コピーライターの方によるフォトトーク
 松浦和之さん×naoさん×角田雅子さん(コピーライター)

・第3部・来場者の方全員による交流会

の3部構成となっています。
写真を応募される方はもちろん、観覧も大歓迎だと言うことなので、興味のある方はふるってご参加ください。

このイベントの公式ブログもありますので、より詳しい情報をお知りになりたい方は、こちらへどうぞ。
フォトワングランプリ開催までのキセキ
イベント開催前夜の高揚感を感じますね。是非とも成功してほしいと思います!
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by okphex | 2010-01-26 23:57 | News-写真展