『愚者の黄金』
2009年 11月 15日
本書は、世界中を大混乱に陥し入れた金融パニックを引き起こした原因の一つである、金融工学の産物CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)を基軸にして、「金融」の価値観に関する人類学的知見を取り入れつつ論じた作品です。
CDSは新たな金融商品としてだけではなく、金融界全体を活性化させる新たな素材として開発されました。確かにこの金融商品は多くの証券会社や投資家に莫大な利益をもたらしましたが、"信用"という、突き詰めていけば極めて根拠が曖昧な要素をテコにして、リスクの高い取り引きを可能としたため、その"信用"に一旦疑問符が付くと、取り引き全体が一挙に崩壊してしまいます。
著者は金融界に身を置きつつ、社会人類学の学位を持つ"変わり種"ですが、彼女は上記の金融危機の要因を追求する上で、"全体的(ホーリスティック)アプローチ"が有効であると主張します。つまり、金融工学、マクロ経済学といった細分化した分野から原因を究明しようとするのでは不十分であり、"金融の文化"という極めて抽象的な観念をも取り込んだ全体の関係性から金融危機という事象の社会的意味を明らかにしようとします。
また、証券会社、投資家、銀行、政府といったCDSに関った当事者の誰もが、この金融商品が与える影響やそのリスクを全体的な視点から考えようとしなかったことが、 CDS崩壊の要因である、とも指摘しています。
ここにきて、実は本書は金融を扱ったスリリングなドキュメンタリーの体裁を取った人類学の研究書であることが理解できます。極めてセンセーショナルな現実の事件を社会人類学の観点で捉えなおしたら、果してどのような世界が見えてくるのか、という視点でも十分楽しめる一冊です。