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by okphex
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ボディ・サイレント -病と障害の人類学

ボディ・サイレント―病いと障害の人類学 (SS海外ノンフィクション)
ロバート・F. マーフィー / / 新宿書房
ISBN : 4880082430
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病を扱った文化人類学の本としては、既に刊行されてかなりの時間が経っていますが(日本語版の刊行は1992年)、病と人間、身体、そして生きる意味を考える上で、深い示唆を与え続ける書物です。

筆者のマーフィーは、高名な文化人瑠学者としてブラジルのムンドゥルク族に関する見事な民族誌を数々発表し、長年コロンビア大学の教授として、同校のみならず、アメリカ人類学を牽引し続けてきました。彼が身体の異常に気が付いたのは1972年、頸椎を圧迫する腫瘍のために、不規則な痙攣が生じたことがきっかけです。

それ以降、彼の身体は徐々に脳の統御を失って、やがて全身麻痺に至ります。彼の人類学者として訓練された観察力と、高い知性は、自らの身体が統御を失っていく様を、ゴフマンやレヴィ=ストロースなど、高名な社会学者、人類学者の分析を援用しつつ、抑制の効いた筆致で描いていきます。

彼が不可逆的な身体の麻痺という予測も付かない事態に陥っても、決して生きることに絶望することも、諦観することもなかったことは、自らの身体を観察し続けて、そこに人間の生きる意味を探ろうと極限まで思考し続ける姿から窺えます。

逆に自らが健康体であると信じて疑わない人々が彼の姿を見て、「僕なら自ら命を絶つね」と漏らした時、こうした態度こそは、身体障害者に対する差別どころではなく、人間の生そのものに対する否定である、と彼が長い記述の旅の最後に結論づけた時、死も、意志と身体の同調を信じて疑わず、従って生の肯定の感覚すら失ってしまった人間こそ、まさしく僕自身であると気付き、愕然とさせられました。

著者が述べているとおり、この本は「身体障害」を扱った文化人類学の専門書などではなく、「愛」の普遍性を追求した本であると言うことができます。
多少人類学的な用語が並んだり、ゴフマンやレヴィ=ストロースの議論を踏まえた論述が見受けられるなど、これらの学問分野に馴染みのない読者にはやや取りかかりにくい部分もあります。しかし彼の格調高く、詩的とも呼べるような文章が紡ぎ出す深い洞察は、少々難解な議論に当たっても、さらに読み進めるだけの力強さを持っています。
by okphex | 2008-10-07 23:37 | 書籍