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写真関連のニュースと写真ギャラリー,そして文化人類学に関する記事を掲載しています。


by okphex
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スーザン・ソンタグ:「これらの写真は私たちなのだ」

冒頭の言葉は、先日朝日新聞に掲載されていた、「写真論」などで知られる、アメリカの批評家スーザン・ソンタグ氏の論文についての記事の表題です。

「これらの写真」とは、イラクの捕虜収容所で行われた報じられた、連合軍兵士によるイラク人捕虜の虐待を撮影した写真を指しています。

ソンタグは現代における紛争と写真の関係性について指摘し、今後イラク戦争は、この写真と密接に結びついたものになるだろう、と予想しています。

今回のイラク人捕虜虐待事件は、軍の組織的関与という見解と、兵士たちの個人的な暴力への欲望が暴発したという見方がありますが、組織的にしろ個人的にしろ、捕虜への虐待を軍事作戦の一環とする軍の構造の中で行われた行為である事はまず間違いないと思います。

戦争という非日常的な状態が、人の理性を狂わせ信じられないような残虐行為に駆り立てると言うのは充分あり得ることですが、それ以上に、暴力を正当化、もしくは冷静な計画・実行手段の1つとみなす構造の要請が、兵士個人の理性を狂わせることなく、まるで日常の職務をこなすように虐待に駆り立てるのではないかと思います。

今回の写真を見る限りは、明らかに虐待を行った兵士の個人的な欲望が反映され、彼らはそれを楽しんでいるように見えますが、だからといって彼らが、異常な暴力志向の性癖を持っていたり、理性を失いがちな人間だとは思えません。

実際、その後テレビのインタビューに応じた虐待に加担した兵士の1人は、虐待の写真に写っている人物と同一人物とは思えないほど、冷静かつ理性的にインタビューに応じていました。

思うに彼らは、日常と捕虜収容所という非日常空間の2つの環境を行き来する中で、その場に適応すべく、意識の切り替えを行っていたのではないでしょうか。

それは、彼らが異常な2面性の精神をもった人間という訳ではなく、僕たちでも日常的に、異なる構造、環境に囲まれた場合はそれに応じて理性や常識、行動様式の基準を切り替えるのと同様のことだと思うのです。

「人に恐怖を植えつける」業務など、日常では考えられませんが、不安定な治安とテロの脅威という状況の中では、治安の維持のためには捕虜への尋問が多少過剰になっても、それは治安対策、軍事作戦の上で、職務の範囲内であるという共通意識が形成されると、虐待に対する心理的抵抗が低下し、行為は通常の職務の一環である、という正当性が与えられます。

兵士一人一人を取り巻く思想的な構造が徐々に変化する中では、兵士たちの倫理観や判断力が、環境の変化に応じて適応的に推移していきます。それを認識し、抵抗することは非常に難しい事でしょう。

そして、彼らはあくまで理性は保ったまま、仕事の中で「ちょっとした楽しみ」を見つけたように、何の罪悪感もなく虐待を楽しみます。そして「お楽しみ」が終わって、日常の職務に復帰すれば、また自然に意識を切り換えます。

事件について決定的証拠となったのは、当事者の兵士自身が撮影した写真です。彼らにとって写真とは、業務報告のための道具だけではなく、「お楽しみ」を記録し、コピーして、後日仲間うちで楽しみを共有し、追体験するための、余りにも一般的な手段です。ここまで大々的に報じられたことは、彼らにとってはもちろん予想外の事態でしたが、写真の複製可能性を十分に理解し、その特質を大いに利用するために、撮影を行っていたことは疑う余地もありません。

正直に言って、もし僕が、今回の虐待事件が起こった捕虜収容所のような、暴力や残虐行為を合理的かつ正当な手段とみなす環境に取り囲まれた場合、「今いる場所(捕虜収容所や、虐待を正当化する環境構造)とは異なった環境」である、平時の生活の行動規範や理性を思い起こし、どれだけ自分の行動に客観性を保ち、現状の雰囲気に流されることなく抵抗し続けられるのか、自信が持てないでいます。それは、虐待事件を起こした兵士たちが、現場を離れている時の姿、物腰が余りにも普通であったという衝撃に基づくものであり、だからこそ尚更、今回の虐待写真を見ると、そこに写っているもの以上のおぞましさを感じ、目をそむけたくなります。

「これらの写真は私たちなのだ」という、標題のソンタグの言葉は余りにも強烈に、胸に突き刺さってきます。

今回の記事は(も)、カテゴリーと直接の関連性は薄いのですが、ソンタグは表象文化や写真論に関して非常に重要な人物なので、このカテゴリーに掲載しました。
by okphex | 2004-06-15 10:55 | 人類学・人文科学